| 巨人の星 |
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| ある英語の教科書に、イチローのインタビューが掲載されている。その中で、彼が野球選手になっていく過程について扱われている部分がある。チチローと一時あだ名されていた、イチローの父親とのやり取りがそのほとんどを占めている。
彼はこのことについて、“すべて楽しいものだったけど、ちょっと巨人の星みたいだったかな”みたいなことを述べている。
この「巨人の星みたい」というニュアンスを、今の高校生に伝えるにはどうしたらよいか、ということで、同僚とちょっとした議論になった。
巨人の星って、小中学生のほとんどが、かりにプロ野球選手になるのだったら絶対巨人にはいると考えていた時代のものである。まだまだ戦争の影響も色濃く残っている一方で、徐々に経済大国の道を歩みつつある時代背景のなか、物語は進行している。
「これさえ手に入れば幸せになる」という幻想が、私が子供の頃にはまだあった。車、東大入学、総理大臣、博士、等々、「経験したことが無いからわからないけど、なんだかすごいジャンル」のものがまだ多く存在していた。そのカテゴリーに、「巨人軍の選手」も入りそうだったので、あれだけ多くの人に受け入れられたのではないかと思う。(よく考えてみると、巨人軍ってのもひでえ呼び名だ)
いかにも今の子供たちは理解不能だよなあ。この教科書会社はなんでこんな比喩をそのまま使っちゃったんだろう。全国の巨人の星世代の英語の先生が、頭抱えちゃっているよ、きっと。
前任校で、そのイチローのインタビューの「巨人の星」のくだりを教えたことがあった。「これは高校生に理解させるのは無理だ」と悟った私は、手持ちにあった巨人の星のビデオを学校に持っていき、生徒に見せた。様々な困難を乗り越えるたびに目から滝のような涙を流す飛雄馬。すると教室が大爆笑の渦につつまれた。
なぜかカチンときた私は「てめーら、何も笑うことはねえだろう!」怒鳴りそうになったが、その度「いや、こいつらには無理だ」とぼそぼそしゃべりながら、青春の一ページを笑われた悔しさをまぎらわしていたのだった。
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4月26日(木)12:29 | コメント(0) | 趣味 | 管理
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